<妻木城址(つまぎじょうし)>

妻木城址(409m)

ルート妻木城士屋敷跡妻木城址本城池妻木城址妻木城士屋敷跡(登山道地図)
登山日:2004年12月19日
登山口:岐阜県土岐市 map fan
天候:晴れ
テーマ:散歩
ガイドブック:なし
同行者:単独
時間記録:歩行時間 約1時間20分
10:50 妻木城士屋敷跡
11:35 妻木城址
11:50 本城池(南登山口)
12:00 妻木城址
12:15 妻木城士屋敷跡
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仕切り線

【妻木城址について】

 妻木城は妻木町を見下ろす標高四〇九mの城山の山頂に築かれた山城です。築城年代は定かではありませんが、暦応二年(一三三九)に土岐明智頼重(土岐明智氏、妻木氏の祖)が祖父である美濃守護土岐頼貞の遺領を継ぎ、妻木郷の領主になった後の築城と考えられます。(中略)。関ヶ原の戦いの際に東軍についた妻木氏が岩村城の田丸氏の攻撃に備えて防備を固めるため、堀切や横堀によってコンパクトに再編成したとも考えられています。
 山麓の北側には領主の住んだ御殿跡や家臣団の屋敷跡が残り、当時の屋敷面や石垣がみられます。これらの士屋敷跡とともに岐阜県史跡に指定されています。
(土岐市教育委員会、現地山頂案内板より転載)

現在の妻木城址(城山)の登山口は北側と南側と2箇所ある。一度下見で南登山口まで行ったことがあったが、林道終点から登山口がどこだかよく分からなかった。今回は北側から登頂し、そのまま南登山口の様子を見てから北登山口に戻った。結論からいうと北側から登った方が歩く距離が長く、麓に士屋敷跡があるので楽しめると思う。

【妻木城 士屋敷】

土岐市街から県道19号で南下する。まぎらわしい分岐2箇所を過ぎてR303に向かう。妻木地区に入り、崇禅寺を過ぎてから右折して県388号へ。数百メートルで士屋敷に着く。
士屋敷の門跡、池跡、伝御屋敷などを見て、登山口に向かう。
妻木城 士屋敷 妻木城 士屋敷

【登山口】

士屋敷と登山口の間には「四丁目」、「五丁目」とそれぞれ書かれた石柱や、道祖神の石碑が見られた。登山口には民家(お店?)があり、「カブトビール」と書かれた看板が立っていた。いかにも由縁がありそうだったので帰ってから調べたら、カブトビールは妻木氏と関係が深いようだ(たとえばこのページ参照)。マス池の脇から登山道に入る。
道祖神 登山口

【六丁目】

はじめは笹の登山道であるが、すぐに明瞭なよく歩かれた道となる。「六丁目」と書かれた石柱がたっていた。解説と思わせる看板が立っているが、完全に錆びていて何が書いてあるのかさっぱり分からない。次第に大岩が現れるようになる。
六丁目 登山道

【大展望】

お城の周回コース分岐に着くと、すぐに大展望を楽しめる広場(お城用語があったかも)にでる。まず山頂を目指す。
分岐 大展望広場

【城山山頂】

鳥居をくぐって山頂へ行くと、城山八幡神社と物見杉があった。
鳥居 城山八幡神社

【旗立岩】

山頂には一の曲輪や旗立岩もあった。多治見の根本砦跡(日記)には旗揚之松跡という木があったが、ここでは岩なんですな。よく見てみるとなるほど岩に切れ込みというか筋というか、旗を立てるのに都合の良い形となっていた。
赤い実をつけたかわいい植物がたくさん生えていた。
旗立岩 城山の忘れな植物

【南登山口】

時計回りで城周りを周回する。途中で南登山口を確認しに行った。前回の下見では林道の終点から入山しようとして迷ったが、正規の道は本城池傍の広場から伸びていた。
人工的に積み重ねられたような大岩の道を抜けて北側の登山口に戻った。
人工的な岩重 本城池

【崇禅寺】

崇禅寺 崇禅寺は妻木城主土岐明智彦九郎頼重が1354年に創建した。その後代々の妻木城主の菩提寺として栄えた。
岐阜県指定文化財の釈迦如来立像、夢窓国師筆「果山」、此山妙在墨跡をはじめとして多数の文化財が所蔵されている。
写真は下見したとき(12月頭)のもの。なお今回は寄れなかったが、麓の八幡神社にも寄ってみたい。「妻木城址の会」なるものが結成されているそうな。

【総評】


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