<池田稲荷山(いけだいなりやま)>

池田稲荷山(約153m)

(池田稲荷神社→奥の院→池田稲荷山→(参道)→県病院)

登山日:2004年2月14日
登山口:岐阜県多治見市 地図
天候:晴れ
テーマ:散策
ガイドブック:なし
同行者:単独
時間記録:なし

仕切り線


【池田稲荷山について】
『多治見市内における石造物(第二版)』に「池田稲荷山の庚申塔」という表記があり、池田稲荷山の存在を知った。池田稲荷神社の奥の院は岩山の中腹にそびえているので、その岩山が池田稲荷山というのだろう。山頂には小さな祠があるが、展望や山頂プレートは一切無い。昔はお参りに来ている人が多かったと思われる形跡が見られる。正確な標高は多治見市発行の2500分の1地図を見ても分からないが、同地図の等高線から読むと約153mである。

【多治見市探訪】
本日は多治見の金毘羅山に登る予定で、自転車で登山口に向かった。国道19号に面した登山口に自転車を置く勇気は出ず(ロードバイクにいたずらされたら嫌なので)、さらに金毘羅山に登るには往復を強いられないランニングの方が楽しそうだと判断したので、そのまま自転車で市内探訪をすることにした。内津峠近くの立派な馬頭観音や廿原の柿(岐阜県天然記念物)や地球村の天文台(標高247.1m)などを見て回り、帰りがけに池田稲荷山に寄った。
地球村天文台

【庚申塔】
池田稲荷神社のお隣、池田不動の層塔の近くに庚申塔がある。庚申講の信者の有志が60年に一度カノエサル(庚申)の年に、塔を建てる習わしがあったのだそうだが、この庚申塔の趣意書を見ると、その風習が受け継がれていることが確認できるという。
庚申塔

【五輪塔】
真っ赤な鳥居をくぐると近くに池田城主7代の五輪塔があった。池田勝入斎信輝の先祖、池田維将ら、代々池田城に居た者の供養塔と考えられている。
参道 池田城主のお墓

【池田稲荷神社】
すぐに池田稲荷神社。背後に岩山がそびえ、「奥の院参道」の石柱につれられて荒れ気味の道を行く。奥の院の祠は岩の溝に埋め込まれるように存在していた。現在はロープが張られて閉鎖されているが、昔は麓から直接奥の院に通じる道があったようだ。
池田稲荷神社 奥の院

【池田稲荷山】
奥の院の脇から薄い踏み跡をたどる。奥の院の背後は大岩になっていて、ヒトツバが群生していた。半時計回りに徐々に高度を上げると山頂についた。予想通り祠があったが、現在はほとんど手入れされていない様子だった。
別の踏み跡があったので、帰りはそちらを利用した。途中で、大正時代に作成された石柱が見られた。稲荷神社と奥の院参道案内柱との間に出た。
池田稲荷山 石柱

【池田稲荷道】
帰りはロードバイクを手で押しながら池田稲荷道を通った。階段が少しあったが広くて歩きやすかった。登山道の入り口には鳥居と「南無厄除地蔵尊」と書かれた地蔵があった。
池田稲荷道 登山口

【石柱】
登山口は県病院から通じている歩行者・自転車専用道路につながっている。今は使われていないトンネルを見て右に曲がり県病院方面に行く。舗装道路に出ると「稲荷神社」と彫られた石柱がある。県病院の駐車場は目の前だ。
歩行者・自転車専用道路 石柱

【総評】
・山頂ピークに小さな祠があった。「池田稲荷山」は池田稲荷神社付近で呼ばれている山名であって、一般的に知られた山名かどうかは知らない。
・周回できるので時間がない時の散歩にちょうど良いと思う。


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