<高天良山(たかでらやまやま)>

高天良山(908m)
(火打峠→(高天良林道)→高天良山→高寺神社跡→(境界尾根)→火打峠)登山道地図はこちら


登山日:2004年1月18日
登山口:岐阜県金山町
天候:晴れ
テーマ:ぎふ百山
ガイドブック:『名古屋周辺 続山旅徹底ガイド』
同行者:なし
時間記録:行き……3時間10分、帰り……1時間45分
09:35 駐車地点
10:10-10:25 火打峠
11:15 高天良林道終点
11:35 尾根出合い
12:10-12:20 高天良山
12:45 高寺神社跡
13:00 高天良山
13:20 高天良林道分岐
13:40 伐採地出合い
14:10 火打峠
14:30 駐車地点
 


【高天良山について】
高天良山は白川町、金山町、下呂町の三町境に位置する角錐形の山で、杉の産出地として有名である。「高天良杉」と呼ばれ、京都の妙心寺の建造にも使われた。当時は万福寺奥の院や高寺権現が山頂にあり山岳信仰が盛んに行われていたが、現在では付近に林道が走り、木々は激しく伐採されていて当時の面影は無い。山名は山頂に高寺大権現を祀っていたことに由来する。明治維新まで「高寺山」と表記されていた。また高天良山に関する伝説や民話も数多く残っている。

【福来地区へ】
火打峠に向かう。前日雪が降ったので峠まで車であがらず、麓に駐車して林道を歩く予定で出発。多治見からR248、R41を北上。ドライブイン飛山で情報収集とトイレ休憩。雪を被った三棟山が綺麗だった。トンネルをくぐって点滅信号を越え、青色の中橋を渡る。中橋の入り口には「万福寺、御番所屋敷、下原八幡神社」の案内板が立っていた。中橋を渡るとスーパーがあり、すぐに左折して福来地区に向かう。一本道で途中に一箇所分岐があったが、「下呂→」の案内に従って右側(ほぼ直進)の道に行った。峠道になる手前でちょうど良い駐車スペースがあったのでそこに駐車させていただいた。日陰では道が凍っていてドキドキした。多治見から65キロ、2時間20分で到着。 駐車スペース

【火打峠】
お墓や集落を抜けて林道の入り口に到着。この林道は福来火打線と呼ばれているようだ。地元の方が塩化カルシウムを撒いていたので挨拶して林道をとぼとぼと歩く。集落を完全に抜けると勾配が出てくるが所詮は車道。全然きつくない。わだちが一台分あり、そこをたどるように歩いた。中部電力の鉄塔巡視路の案内プレートなどを見て歩き、火打峠に到着。立派な石碑の隣には林業関係者と思われる軽トラックが一台止まっていた。
火打峠は峠名が面白いので機会があれば由来を調べてみたい。金山町と下呂町の境に位置し、飛騨と美濃をつなぐ要路だったらしい。下呂側の道の両側に石仏が1体ずつあった。高天良山に関する案内板も多く、尾根道の案内板、林道の案内板、高寺権現跡の案内板と3つもあった。
林道福来火打線 火打峠

【高天良林道】
火打峠から尾根道を歩こうと思っていたのに、気がついたら高天良林道を歩いていた。本日は水を持ってくるのも忘れたし、どうも腑抜け状態だ。昨日雪が降ったのにもかかわらず林道の雪は少なく、輪かんじきもつけるまでもない状態だった。林業の関係車両のわだちが新しい。単調な林道だが展望はまずまず。
高天良林道ゲート 林道からの展望

【高天良間伐林道自動車道終点】
所々で林業関係の作業の様子が伺える。「高天良間伐林道自動車道終点」と書かれた白い杭が立っている場所にシャベルカーや作業小屋がある小広場があった。かつてはここが林道終点だったのだろうか?現在はまだまだ先まで林道が続いている。
木材運び用に使っていたと思われるケーブルが頭上を走っていて、「高天良杉」ブランドの名残を思わせる。
小広場 上にはケーブル

【高天良林道終点】
小坂町森林組合の作業小屋には伐採された木がずらっと並んでいて、ヒノキの香りが漂っていた。この辺りから林道の雪が増えてきた。せっかく輪かんじきを持ってきたので装着して歩く。やっぱり快適だった。しかしスノーハイクも小屋から林道終点までの15分だけ。林道終点には再び登山の案内板があり、「三角点神社跡登口約500米」と書いてあった。沢(熊穴谷:クマナガ谷)の水を飲んで復活!
作業小屋 林道終点

【登山道分岐】
登山道に入ると雪はほとんどなくなってしまった。植林地帯なので雪は全部木の上。気温が高いのでどんどん解けて落ちてくる。何度も頭から雪を被って大変だった。首筋に落ちると背中に雪が入るので(^^;)途中で登山道の分岐があって困った。目印はなく、右(写真の緑色)に行くと沢に沿っていく道で左(写真の赤色)に行くと沢から離れて登っていく道である。不自然に道がついている左側が正解と見て、熊穴谷から離れた。 登山道分岐

【尾根出合い】
沢から離れると別の谷道になった。涸沢には倒木と雪が少しあったが、特に問題なく歩けた。不安になりながら歩いていたが、コンパスと地形図で現在位置や進行方向を確認すると谷道は主尾根にぶつかることが分かり、元気に歩く。赤テープと立派な木が点々と見られた。尾根の出合いには赤テープや白いスズランテープが多数つけられており、迷った分岐で左に行ったことが間違いでは無かったことを認識した(右の道でもOKだと後で知ったが)。出合いのすぐ傍には境界見出標「40支1」があった。 立派な枯れ木

【高天良山】
植林された森の中を歩いている感じだ。尾根にいるが展望は全く無い。山頂手前にはものすごい急登で、雪と木の根っこで非常に滑りやすかった。面倒臭くてはずしていなかった輪かんじきも邪魔になりはずし気合を入れる。登っては滑り落ち、登っては滑り落ちの繰り返しで、振り返るととても一人で歩いたようには思えない踏み跡になっていた。
やっとたどり着いた山頂も展望はほとんど無い。木々の間からわずかに他の山が見える程度。期待していた雪は少なくて愕然。登山用コンパスにものさしが付いているので雪に挿してみるとたったの4cmのところで地面についてしまった。がっくり。
急登 高天良山

【神社跡へ】
「権現宮跡約1000米→」の青い案内案に従って高寺権現(高寺神社)跡へ向かう。基本的に尾根道なので道は迷わないが、一箇所間違えやすそうな分岐があった。境界見出標43番の地点で尾根が左と右に分かれている。左の道は赤色のビニルテープ、右の道は黄色のビニルテープが貼られていた。コンパスで右の道が正解だと分かった。高天良山から一気に下りると鞍部に「←三角点600米、神社跡400米→」の看板が立っていた。登り返すと神社跡の案内板が立つ小広場に着いた。
尾根分岐点 鞍部の案内板

【高寺神社跡】
火打峠に置いてあった案内板と同じようなことが書いてあった。神社跡とはいえ、跡らしきものは見当たらなかった。帰宅してから調べたところ、『続山旅徹底ガイド』では神社跡の場所は稜線から約20m南に下がったところと書いてある。そちらに行けば神社跡の様子が見られるのだろうか? 高寺神社跡

【下山道】
811mピーク経由で鉄塔巡視路を使って周回することも考えていたが、尾根からの展望が無い(=現在位置確認がしにくい)ので来た道をおとなしく帰る。鞍部の案内板の所からは道が続いており、高天良林道の終点につながっていることが予想できた。高天良山で温度計を見てみると6度。暖かい日だ。帰りは高天良林道に下りずに尾根道を歩く。 下山道

【伐採地】
たんたんと歩き、すごい急勾配を折りきると伐採地に出た。下山路はずっと展望が無かったのでしばらく見とれた。金山町側は伐採されているが、下呂町側が伐採されていないので180度くらいの展望だ。御嶽山は残念ながらよく見えなかった。振り返ると高天良山から降りてきた稜線がはっきりと確認できた。
伐採地からの展望 歩いてきた稜線

【作業小屋】
峠までずっと伐採地を歩くので非常に気持ちが良い。日当たりの良いところでは雪はゼロ。南飛騨は寒いだろうと思っていたが、こんなに暖かいとは知らなかった。高天良林道や鉄塔が見えてきたら火打峠も近い。作業小屋を過ぎると道が2つに分かれていたが、どちらに行っても火打峠に下りられた。直進したら石仏の真横に出た。 作業小屋

【下山後の楽しみ】
福来地区にはいろいろと観光スポットがあった。旧南飛街道の要所だったため当時の面影を残す史跡が多いようだ。福来口御番所跡、船橋跡、福来口御番所屋敷、下原八幡神社、宮ヶ瀬簗場跡などなど。いずれも帰り道ですぐに回れるので、ぜひ車から降りて見たい。下原八幡神社は敷地内にJR高山線が走っていて、踏切がないのにいきなり電車がきたのでびっくりした(注意を促す音声はあったが)。 御番所屋敷

【総評】
・あまり知られていない山だが、ルートや案内板が意外と多いのでいろいろな楽しみ方ができそうだ。
・歴史や伝説の多い山で静かな山旅が楽しめた。
・火打峠→高天良林道→神社跡→高天良神社→尾根道→火打峠のルートにすれば効率よく周回できると思う。

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