<上平寺城(じょうへいじ)・弥高山(やたかやま)・伊吹山(いぶきやま)>

上平寺城(約660m)・弥高山(839m)・伊吹山(1377m)
(伊吹神社→上平寺城→弥高百坊→弥高山→伊吹山→三之宮神社→伊吹神社)登山道地図はこちら

登山日:2003年8月6日
登山口:滋賀県伊吹町
天候:快晴
テーマ:お花畑。新規開拓。
ガイドブック:『名古屋周辺の山200』
同行者:単独
時間記録:行き……7時間5分、帰り……2時間30分
(標準コースタイム:行き……?分、帰り……1時間55分+車道歩き)
08:50 伊吹神社前広場
10:00-10:15 上平寺城
10:50-11:00 弥高百坊
11:35 弥高山
15:20-15:35 八合目
15:55-17:20 伊吹山周遊
17:30 八合目
18:05 三合目
18:55 三之宮神社
19:50 伊吹神社前広場


【はじめに】
ヤブ漕ぎを要するバリエーションルート山行です。地形図やヤブに慣れない者は安易に真似をしないようにお願いします。2005年10月現在、この記録の時とは状況が大きく変わっています(京極氏遺跡が国の史跡に指定されたり、山頂のお花畑が国の天然記念物に指定されたり、弥高尾根と上野登山道5合目とをつなぐルートが整備されたり)。ご注意ください。
また、ウェブサイト「鈴鹿の山歩き雑文集」の、たろぼうさんは2005年9月に弥高尾根を完全踏破されています(記録)。こちらもぜひ参考にされてください。(2005.10.2追記)

【伊吹山上平寺ルート】
伊吹山は日本武尊(ヤマトタケルノミコト)伝説がある日本の名山であり、薬草や花の名山である。鈴鹿の山、琵琶湖、美濃の山、市街地……、展望もまた素晴らしい。小生はこの伊吹山が大好きで毎年登ることにしている。初めて自分で山の計画を立てた上野ルート(日記)、次の年に登ったのが笹又ルート(日記)と国見峠からの北尾根縦走(日記)。主要なルートはこの3ルートであるが、上平寺からの弥高山経由の尾根道も気になっていた。そこで今年はこの弥高尾根を歩くルートで伊吹山に登る計画を立てた。このルートの記録はWEB上でも少なく、特に伊吹山の山頂まで行っている記録は見当たらない。ヒントはさるぼぼさんのページ(こちら)にあるが、人が入っていないことは明らかなので藪漕ぎは必須である。伊吹山の山頂にいけなくても仕方がないという心持ちで挑戦する。伊吹神社をスタートとしたが、引き返す場合は伊吹神社から弥高山まで行って弥高地区に下りる周回コースとする。いずれにしてもハードな1日になりそうだ。バイパス沿いに上平寺城の案内板がでていたので伊吹神社には迷わずに行けた。伊吹神社の前の広場に数台駐車可能だが、現在砂防工事をしているので駐車場所には非常に気を使った。幸い工事の人が現れたので駐車してもよいかを確認できた。多治見邸から伊吹神社まで78キロ。2時間20分かかった。

【伊吹神社】
伊吹神社 上平寺城の案内板は結構多い。バイパス沿いに「上平寺城跡→、上平寺城館跡→」と「上平寺城館外堀跡」の案内板。伊吹神社に行く間に「一之御門跡」。神社入口には「上平寺城館内堀跡」。伊吹神社に入ってからも「薬師堂」、「弾正屋敷跡」、「蔵屋敷跡」、「隠岐氏屋敷跡」、「京極氏屋形跡」、「京極氏庭園跡」と案内がある。伊吹神社の鳥居が現れると脇に「桐ケ城跡(上平寺城跡)徒歩約五十分」の案内があり、神社でお参りするとすぐ近くに「京極氏一族の墓」があった。お参りした後は一旦鳥居まで戻り脇からの登山道に入った。

【ヒル出現】
伊吹神社から上平寺城までの道は地形図には出ていないがよく整備されていた。途中で地形図に出ている登山道と合流するのだが、その辺りでヒルの大行進。昨日の台風で草が濡れているのでゴアの雨具を着ていたらぞくぞくと集まってきて恐かった。ヒルは人間が近づくと分かるようなので、こちらがじっとしていたらさらに集まってきてしまう。急いで逃げた。
尾根道になると緩やかな九十九折が始まる。登山道はよく整備されていたので楽だった。伊吹山上野ルートや弥高百坊の尾根が見えるかなと思っていたが、木々に遮られて展望は全くない。しばらくすると「これより上平寺城」の看板が見えた。
登山道 登山道

【上平寺城】
上平寺城跡の一帯は登山道の勾配は緩い。登山道はしっかりと踏み跡がついているが、草むらのため、登山道以外は雑草伸び放題だった。「桐ヶ城(上平寺城)二ノ丸跡」や「竪堀」はただの草むらである。竪堀とは自然地形の斜面に上下方向に設けた堀のことで、多くは攻城軍が斜面を横に移動しにくくするために設ける(『大辞林 第二版』より)。本丸跡に着く。こちらも草が生い茂っていた。案内板によると上平寺城は京極氏が築いた山城で、東西50m×南北300mの規模を持つそうだ。霊仙山方面の景色が素晴らしい。伊吹山も見えるはずだがガスっていて見えない。広場になっているので一周回ってみたところ、小鬼百合(コオニユリ)と大南蛮煙管(オオナンバンギセル)を見つけることができた。大南蛮煙管は他の山でもあまり見かけないのでうれしくなった。
上平寺城 大南蛮煙管

【行者谷】
本丸を過ぎると谷をはさんで弥高寺跡やその尾根が見える。「上平寺城大堀切」を過ぎる。堀切とは地を掘って切り通した堀のことで、人工的に斜面をきつくした防御施設のことだそうだ。この辺りから「←弥高寺跡」の看板が現れる。地形図では上平寺城本丸跡から弥高山まで北西に一直線に道がついていることになっているが、実際はその道がなくて、登山道は等高線に沿ってついていた。途中の谷で「薬師堂跡→」という看板があり、その谷(薬師谷)の上方に目印が1つだけついていた。少し登ってみたが台風の後のせいか歩きにくくて仕方がないので次回の楽しみとした。展望の素晴らしい伐採地にでると等高線から外れて登りになる。「行者の水」と書かれた水場を過ぎると行者谷。東西約35m×奥行き約5mの平地で、中央に池と入定窟(石室)がある。 行者谷

【弥高百坊】
行者谷からすこし進むと池跡があり、一気に視界が開ける。ちょっと登れば弥高寺跡である。弥高寺跡は東西68m、南北59mの広い敷地になっている。この辺り一帯は弥高百坊と言われているようだ。鈴鹿山脈や養老山脈、伊吹や関ヶ原の街並み……、素晴らしい展望である。もちろん上平寺城の尾根も見える。しばし休憩の後、周辺の草原を散策していたら「←墓地、大堀切」の案内があったのでそちらに行ってみた。道中で山路の杜鵑(ヤマジノホトトギス)が咲いていた。墓地では台風の影響か、お地蔵様が壊れて散乱していたのでひどい所は直しておいた。
弥高寺跡 弥高方面

【弥高山】
墓地から大堀切へ向かう。弥高寺跡から弥高山に行く道は、尾根道と墓地回りの道と2つあるようだ。大堀切を過ぎると尾根道と合流した。ここからは笹が増えてくるがばっちり草刈あり。不思議に思っていると2人組のおじさんに会った。お互いびっくりして話をしてみると地元森林組合のお手伝いで草刈をしているという。そのうちの一人は山登りが大好きの方のようで、こちらが話す前に「山頂まで行くのか?」と聞いてきた。山頂とは弥高山のことかと思っていたらどうやら伊吹山の山頂のことを言っているらしい。すっかり意気投合(^^)この方は昭和46年に登られたそうだが、その時も周囲から「きちがい」と言われたとか(^^;)昔は柏原の駅から赤谷を通って伊吹山に登るのが普通だったこと、森林組合の草刈が弥高山で盛んに行われていることなどを教えていただいた。今日は通れなかった上平寺城から北西の道も、今後草刈をやるそうだ。楽しいひとときだった。
進行方向に弥高山に連なる尾根(弥高尾根!?)が綺麗に見えると標高839mの弥高山の山頂に到着。弥高山は地形図にその名は載っていないが、地元では有名なのだろう。草が生い茂っていて四等三角点は見つける元気はなかった。
堀切 弥高山

【笹藪へ】
断片的に草が刈られているが基本的に膝下の草薮の中を歩く。鵯花(ヒヨドリバナ)の群生地を抜けると笹が増えてくる。尾根を間違えないようにコンパスで進行方向を気にしながら歩く。まだこの辺りは赤テープがあるため分かりやすい。草刈がなくなってくると完全に笹の道になる。尾根は笹だらけで歩きにくいので少し下がった木々の中を歩く。尾根のてっぺんに出ると伊吹山の山頂が見えかくれして楽しい。
鵯花群生地 笹薮

【稜線歩き】
藪はだんだんとひどくなってきて背丈を越える笹薮になる。しかし笹は手で払えば簡単に退くのでまだ良い。そのうち植生が変わってきて、低木帯になると、これが手ごわい!バラも多数あり、一度ひどい面パッチン(藪の跳ね返りが顔に当たること)を喰らった。眼鏡が吹っ飛んでバラの群生地の中に落ちたので取り戻すのにこれまたかなり苦労した。伊吹山の山頂や岐阜市方面が見えて景色は良い時もあるのだが、精神的に落ち着かない。ここまで来て引き返すわけにも行かないので時間をかけて進む。標高880mあたりから登山道に石がゴロゴロと転がりだした。バラの棘のせいで科学繊維の服がボロボロになった。
伊吹山 登山道

【上野登山道】
南西からの尾根道と合流してから西に行けば上野登山道に合流できると思っていたが、なかなか西に行くチャンスがなかった。尾根道をそのまま北上する。西の方に上野登山道と登山者が見える。声も聞こえるのだが、西への等高線歩きは藪がひどくてとても行けそうにない。スキー場か何かの鉄線(?)に沿って歩き、木の矢倉みたいなものが見えたところで西に強引に行くことにした。この辺りも低木が進行を妨げていて遅々として進まない。スキー場が見えてからアザミの類が多く、葉や茎の棘が体に刺さって痛かった。日陰がないし、ココまで来るのにかなり体力を使っていたので日射病にかかっていた。手足と胃がしびれていたが、放っておけば治ることは何度も体験済みなので(^^;)、ゆっくり歩いて治した。ヘロヘロになりながらもなんとか上野登山道に合流。七合目と八合目の間だった。
登山道が見えた! 無事に合流

【琵琶湖】
おっさんに抜かれながらゆっくりと歩く。今までチラチラとしか見えなかった琵琶湖が大きく綺麗に見える。河原撫子(カワラナデシコ)や釣鐘人参(ツリガネニンジン)が咲いていた。
琵琶湖 河原撫子

【八合目】
八合目 展望の素晴らしい八合目のベンチで遅い昼ご飯とした。伊吹山の上野登山道は暑いのでわざと時間を遅らせて出発する人もいるようだが、単に出発が遅いというだけの人も多いようだ。ベンチで人間観察を楽しんだ。ツアーも多く組まれているようで様子を見ていると、おばちゃんが添乗員のお兄さんに荷物を持たせたり、水を貰ったり……、ツアー添乗員はかなり大変そう(^^;)

【伊吹山】
登山道にはドリーネが所々に見られた。ドリーネとは石灰岩にできる凹地のことで、雨水などよって侵食されてできる。霊仙山(日記)でよく見られる。九合目が見えたら山頂は近い。人がどっと増える。日射病になっていたのですぐに日陰に入って冷たいスポーツ飲料を買って飲んだ。ペットボトル250円なり。ここでもたっぷりと休憩した。弥高尾根が綺麗に見下ろせた。なかなかの藪を漕いできたので改めて見下ろすと達成感が湧いてくるというもの。
伊吹山山頂 弥高尾根

【弥勒菩薩】
伊吹山には山頂を示す目印がいくつかある。誰でも知っているのが日本武尊の像と測候所であろう。山の好きな人なら一等三角点を写真に納める。そしてさらに山の好きな人なら弥勒菩薩の写真を撮ることになる。
『解題 日本名山図会』(山と渓谷社 MY BOOKS)には次のように書いてある。
修験道の道場としての歴史は古く、伊吹四天王寺が建立され、鎌倉攻めに貢献している。頂上に弥勒菩薩の石洞が残っているのは、修験道が盛大であったと証拠である。
菩薩

【遊歩道】
お花畑の散歩。山頂から東遊歩道で駐車場まで降り、西遊歩道で上野登山道まで戻った。台風一過で展望は良かったがたまにガスがかかって真っ白になった。お花畑は台風の影響でかなり寂しくなったようだ。猪独活(シシウド)は強風のためかよく折れていた。下野草(シモツケソウ)、伊吹虎の尾(イブキトラノオ)、雌宝香(メタカラコウ)、九蓋草(クガイソウ)などが良く咲いていた。晒菜升麻(サラシナショウマ)が咲き始めていた。
下野草の絨毯 伊吹虎の尾

【上野登山道で下山】
気がついたら17時を回っていた。来た道を藪漕ぎで帰る元気も(時間も)なく、上野登山道で三之宮神社まで下山することにした。だいぶ遅くなってしまったが、地上に降りてしまえばどうにでもなる。頂上の散策で完全復活したので元気に降りる。三合目からは琵琶湖に夕日が映ってとてもきれいだった。麓の「ケカチの湧」で顔を洗い、伊吹神社までトコトコと歩いた。バイパスは交通量が多く、ダンプなどが横を走って恐かったので早めにヘッドランプをつけて存在をアピールした。伊吹神社に戻ることには真っ暗になっていた。非常に疲れた。
四合目 夕日と琵琶湖

【総評】
・頭がおかしくなっちゃった人が持久力でねじ伏せた山行。
・伊吹山のお花畑と展望と人ごみ(←苦笑)は何度来てもすごいと感じる。
・本日の歩行距離約16キロ。

登山日記一覧へ日帰り登山TOPへ